お侍様 小劇場

   “笹の葉 さらさら” (お侍 番外編 57)
 


そのクライマックスこそ、
ところによっては大荒れの風雨となっているものの、
六月の間は至って大人しかったような気がした今年の梅雨で。
夏日や真夏日どころか、35℃を越える“猛暑日”まであったほどなのは、
さすがに観測史上初という異常さだったそうだけれど、
雨の方はというと、
あまりの暑さからという夕立ぽいものばかりが降っていたような気が。

『けどでも そういえば、
 いよいよ夏休みという頃合いこそ曇天が多くなって、
 予定にかぶらないかと やきもきさせられておりましたね。』

プールに行くとか花火をするとか、
いかにもな夏のお楽しみを構えていたのに。
七月に入ってからの方がお天気は崩れやすくって、
その結果、中止になったり順延を余儀なくさせられたり。
逸る気持ちを挫くようなことが、結構多かったような気がするなぁと。
島田さんチのおっ母様、
お買い物の途中でそんな思い出をついつい想起してしまったのは。
ショッピングモールの端の方、
明るい大通りと接する明るい間口一杯に、
季節の花を並べたフラワーショップが見えたから。
ここでのお買い物となると、
最後に立ち寄っては何かお花をと見繕うお馴染みさんで。
今頃だったらアジサイやインパチェンス…といった庭いじりのお話は、
ホームセンターのお兄さんの方が詳しいけれど、
花瓶に活ける花となると、話は別。
これでも生け花では某流派の師範免許を持つ身の彼なので、
季節を感じさせるもの、見逃さないでの持ち帰るのがお約束…なのだが。
今日の七郎次さんの視線が吸い寄せられたのは、
カラーやユリやトルコキキョウなどではなく。
風に揺れては青々とした葉が細い枝ごと躍ってる、
いい匂いのする笹の枝の束である。
七月といえば、来週はもう“七夕”で、
保育園や幼稚園などではまず間違いなくお飾りを作るほどに、
何かと変わりゆく今時にもなかなか廃れぬ風物詩。
店頭に置かれていた笹の枝らも、そのための売り物であるのだろ、
すぐ間近には短冊や色紙のセットも並べられていたし、
一番大きくて枝振りのいいのへは、
何も書かない短冊やら、飾り切りされた色紙の投網やら、
5色7色と組み合わせられた吹き流しやらが華やかに下がっており。

 “去年も飾ったんでしたっけね。”

久蔵殿が かあいらしいお願いを短冊にしたためておいでで、
こっちまでほこほこと胸の暖まる想いがしたことまでも、
ついつい思い出されての、口許がほわりとほころんでしょうがない。

 そしてそして

曇りなく澄んだ青い眸を柔らかくたわめ、
何を思い出したのやら、
形のいい口許が美しいままきゅうとほころんだその美貌。
周囲にたまたま居合わせた女子の人々までもを、
ドキリとときめかせていようだなんて、

 “きっと気づいちゃあいないんでしょうねぇ。”

こちらはそれへの“罪なお人だなぁ”との苦笑をしつつ、
衒いのないまま歩み寄ると、ポンと気さくに肩を叩いたのが、

 「シチさん。」
 「え? あらら、ヘイさん。」

隣りの車輛工房で働く、腕のいいメカニックの青年ではないかいな。
奇遇ですねぇと、七郎次が多少なりとも驚いたのは、
此処が彼らの住まう町の最寄り駅の商店街ではなくて、
そこから少し離れた、Qという快速停車駅のモールだったからであり。

 「私は買い物ですが、
  シチさんが一人で此処においでなのは珍しいですね。」
 「え? そうでしょか。」

お使いものを見繕いに来たんですが、
そうですね、いつもなら久蔵殿と待ち合わせしてますかね。
自分でそうと思い出し、ふふと微笑う屈託のなさがまた、
優しげな風貌へ透明感を加味しての、
ますますと周囲からの注視を集める恐ろしさ。

 “しかも、まるきり自覚がないんですものねぇ。”

お買い物へと久蔵さんがいちいちついて来るのはきっと、
そんな七郎次が危ういというか、
何げない所作や横顔の麗しさでもって、
余計な“とりこ人”を作ってしまわぬようにという、
警戒のためなのかも知れないなぁと。
だとすれば、苦労が絶えぬことですねぇという、
同情まで覚えた平八だったが、

 「あ、シチさん。笹は…。」
 「はい?」

どれがいいんでしょうねと選んでいるものか、
細長い筒のバケツへ突っ込まれた束を、
いじろうとしたきれいな手に気づくと、
それを横合いから引き留めた平八。
店の人がちらりとこっちを見やったので、
少々焦りつつも、背の高い隣人へと身を寄せると、

 「此処でお求めにならずとも、ゴロさんが持って帰ってくれますよ。」
 「はい?」

こしょりと耳打ちされたのへ、
半分ほどしか通じないまま、それでもこちらも小声で返し。
Tシャツの上へ羽織っていたオーバーシャツの袖を引かれるまま、
店頭から一緒に離れて歩きだす。
いいお日和がガードレールの白を目映く弾いてる、
通りの方まで出てしまったところでやっと、
平八もくすすと微笑って見せて、

 「実はゴロさんから電話がありましてね。
  あ、今日は朝から某所へ車の搬入に出掛けてるんですが。」

腕のいいメカニックの平八がオリジナルの加工を請け負った、
特殊なバンやボックスカーを、
依頼人のところまで運ぶというサービスを担当しているのが、
工房のオーナーでもある五郎兵衛の務め。
どんな無茶なお願いも聞いて叶えてしまうという凄腕のメカニックさんなので、
その注文も全国のあちこちから舞い込むがため、
そんな搬入もまた必要になっており。
若いころにはカニ族なんての気取って、
津々浦々を旅しまくってたという蓄積が物を言い、
お初の土地でも迷うことなくのそりゃあ速やかに運んでってくれる、
そちらも凄腕のドライバーさんで。

 「そこが竹や笹の名産地だったらしくって。
  七夕用のをって一束ほど分けてもらえたんですって。」

だから、シチさんちにもお裾分けするつもり満々でいたもんで。
くふふと笑った気さくな隣人さんへ、

 「おや、すみませんねぇ。」

この時期だからこそ、それなりの高値でもある代物。
それに、よくよく考えたら此処からだと電車に乗っての帰途となるのだ。
買っていたらば結構なお荷物になっていたかも知れず。
必要があっての買い物ではあれ、周囲に迷惑をかけたかも…と、
はたと気がつき、たはは…///// と内心で反省する七郎次だったりし。

 「? どしました、シチさん?」
 「あ、いえいえ。何でもありません。」

それじゃあお言葉に甘える代わり、
何かお総菜の1つでも作って奢らないといけませんね。
え? いやいや、そんなつもりじゃあ…そうですか?
だったら、こないだいただいた、
揚げ団子の甘酢あんかけが、
そりゃあ美味しかったのでまた食べたいなと。
えびす顔の目元をなお細めるお隣りさんからのリクエストへ、
よござんす任せなさいと腕まくりの真似をして見せて。
仲良しなお隣りさん同士、朗らかに笑い合いつつ、
自宅までの帰途へとつくのと入れ替わり、

  なめらかな金髪をうなじできゅっと束ねた髪形も、
  優しい面差し、若木のような肢体のしなやかさまでも、
  どこかの誰か様と微妙に似通った美丈夫が。
  夢見るような青い双眸を、笹の葉へと留め置いて、

  “あ、そっか。来週は七夕だったんだな。”

  久蔵には“初めての”になるんだな…と、
  そんな感慨に立ち止まる。

さっき立ち去った誰か様が、
ふっと分離して戻って来たかのようだとは。
七郎次の方をずっと視線で追いかけていた、
実はシンパシーの女性店員さんの受けた感慨だったのだけれども。

 “………まさかねぇ。”

やだやだ、急に暑くなったりしたから疲れているのかななんて、
自分で自分に、そんな風に言い聞かせてしまったそうでございます。
(う〜ん)





  〜Fine〜 09.07.01.


  *…で、二番目のお客様のお宅では? → にゃあvv

めるふぉvv メルフォですvv

戻る